医師紹介


院長  川畑 仁貴  【 紹介はこちらからどうぞ 】
副院長 林 靖大   【 紹介はこちらからどうぞ 】
    橋本 亮  【 紹介はこちらからどうぞ 】


院長 川畑 仁貴(かわばた よしたか)


【 院長が医師となった理由と目標 】
<ブラックジャックと伯父(おじ)>
初めて医師という職業の魅力に気がついたのは、小学3年生で従姉妹に借りた『ブラックジャック』(手塚治虫)を読んだ頃です。

ありきたりな出会いではありますが、クールな凄腕の外科医師でも人命の尊さに頭を悩ませる葛藤シーンが印象的で、当時の私は外科医を目指していました。

しかし、私にとって最も身近な医師というのは、しんどい時はいつでも心配そうな笑顔で迎えてくれる内科医の伯父でした。

インフルエンザで倒れそうな時でもテストの点数が悪くてお腹が痛くなった時でも、伯父はいつも温かい診察で安心させてくれました。

結局、外科医も内科医もどちらも魅力的で揺れに揺れつつ、とにかく医学部を目指すために一生懸命な私を家族はいつも温かく見守ってくれていました。

<おばあちゃんの焼うどん>
私は、正真正銘のおばあちゃんっ子。そして、おばあちゃんが作る香ばしい「焼うどん」が大好きでした。

幼い頃に祖父は他界したため、祖母がいつも可愛がってくれました。そんな祖母に医師になった姿を見せたくて一直線に医学部へ進学、まだ学生で似合いもしない白衣姿を自慢気に見せるだけでも祖母は微笑んでくれました。

強かった祖母も次第に焼うどんを作る元気もなくなり、医師10年目の夏に看取りました。

元気な時間がもっと長ければ、あの焼うどんを食べられたのかな、そんな想いが医師として成長するよう私を奮い立たせます。

人は必ず老います、いつかは最期が訪れます。それでも、ありのままの自分を大切に、納得できる日々を過ごすことができるよう少しでも協力したい、その一心で目の前の患者さんと深くお付き合いすることができる診療を心がけています。

<奄美大島での訪問診療>
医師5年目の夏、へき地医療研修として奄美大島で2ヶ月勤務する機会をいただきました。

大きな病院でしか勤務したことのない私は、離島の限られた資源・環境で最善の医療を提供することの難しさを痛感するとともに、医師としての責任感を強く自覚することとなりました。

中でも私に最も影響を与えてくれた研修内容、それが訪問診療です。

海上タクシーなる船に乗り込み、15分ほど波に揺られて隣接する加計呂麻島へ渡ります。

港近くの診療所で紙カルテの外来診療を終え、訪問診療先のご自宅や施設へ向かうと、病院の中だけでは気付くことが難しかった「お一人おひとりの暮らし」がありました。

そういった本来の暮らしの中で診療させていただくことで、本質的に患者さんのことを理解し、寄り添う医療が提供できると考えるようになりました。

この奄美大島での経験を通じ、いつかは外来診療と在宅医療(訪問診療)の両輪で、患者さんを最期まで主治医として診ることができるクリニックを創りたいと意を強くしたのです。

<手あての医療>
市立堺病院で勤務した際に、医療の原点である「手あての医療」という言葉に出会いました。

患者さんの想いを理解し、患者さんに「手をあてて」診察することが診断や治療に役立つだけでなく、患者さんとのより良い関係作りに重要であることを学びました。

そして、私という人間を一番活かしながら「手あて」を実践できる分野が、どんな病気でも診る総合診療、また最期まで主治医として診る在宅医療だと確信しています。

今やIT化やデジタル化など合理化は避けられない時代です。医療においても人工知能が活躍する時代が来るかもしれませんが、それでも人の温かさが伝わる「手あての医療」に変わるものはなく、医療の原点であることに疑いの余地はありません。

「院長はこんな人です」
2003年 大阪星光学院中学校・高等学校(48期)卒業
2009年 大阪市立大学医学部医学科 卒業

出身地:大阪市生まれ大阪市育ち  血液型 AB型 てんびん座
動物占い:ペガサス×ゴールド(大胆にして細心、個性が強く興味深い人。ズバリ的中!)
好きな食べ物:つけ麺、麻婆豆腐、焼肉
苦手なもの:セロリ、肩こり、ウィンタースポーツ
趣味:ジョギング、コーヒー豆挽き、新しいことへのチャレンジ
一番感動した旅行:カナダで見た壮大なオーロラ(泣きました)

【 院長略歴 】
2009年 大阪市立大学医学部卒業
2009年 国保旭中央病院 初期研修医(https://www.hospital.asahi.chiba.jp/
2011年 堺市立総合医療センター(旧市立堺病院) 後期研修医(http://www.sakai-city-hospital.jp/
2015年 橋本市民病院 総合内科 副医長(https://www.hashimoto-hsp.jp/
2019年 長尾クリニック(http://www.nagaoclinic.or.jp/
をへて2020年9月より現職

【 院長資格 】
資格 : 総合内科専門医、日本内科学会認定医、日本医師会認定産業医



副院長 林 靖大(はやし やすひろ)


【 副院長が医師となった理由と目標 】
私が医療に触れるきっかけを与えてくれたのは、鍼灸師をしていた祖母でした。

幼い頃、尊敬する祖母から戦時中の救護した話をしてもらった際に、「いつかは人を助ける仕事がしたい!」という憧れから医師を目指すようになりました。

<訪問診療への想い>
呼吸器専門医として、呼吸器疾患に限らず広く内科診療や救急医療を経験して参りました。

急性期医療に携わることが多くなり、一人ひとりの患者さんと向き合う時間が短くなるにつれ、患者さんやご家族が納得し満足される医療が本当にできたのか、根本的な解決やアプローチにもっと取り組めるのではないか、と自問自答することが増えていきました。

不安や困り事を抱えながら通院治療されている方も多く、治療以外でも医師として力になりたいという思いから生活の場を軸とする訪問診療に関心を持つようになりました。

呼吸器内科では肺の状態が悪くなった患者さんに在宅酸素療法を行うことがありますが、息切れしやすい患者さんが酸素を持って通院するのは、大きな負担となります。

その点、訪問診療でご自宅へ伺わせていただくことで、まず通院の負担が減ります。

そして体調の変化はもちろん、きちんとお薬が飲めているか、介護で困ったことがないか、など生活の場で診療するからこそ詳しく把握し患者さんの支援へと繋げることができます。

診察室よりもご自宅の方が本音をポロリとお聞きできることも多いように感じます。

いつでもどんな病気でも最期まで診る主治医として、患者さんとご家族へ誠意と責任をもって関わることで、まずは安心して頂くこと、その上でお一人おひとりが納得できる医療を選択していくことを心がけて参ります。

<川畑院長との出会い>
川畑院長とは市立堺病院で研修医のときに出会いました。

川畑院長が市立堺病院を退職されて2年後に再会し、理想とする医療を熱く語らいました。

その理想が見事に同じで、乗っている車まで同じ、なんと誕生日まで同じではありませんか。

こんな運命的な再会をきっかけに、今日に至るまで何度も話し合いを重ね、この度一緒に開業させて頂くことになりました。

患者さんやご家族と出会う中で、多くのことを学び・悩み・考え、これからも少しずつ医師として成長していきたいと思います。

少しでも皆様のお役に立てるよう頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

「副院長はこんな人です」
出身地:大阪市旭区
趣味:食べ歩き、旅行
ひとこと:患者さん・ご家族ときちんと向き合い、それぞれに合わせた医療を提供できるようお手伝いさせて頂きます。なんでもご相談下さい。

【 略歴 】
2011年 愛知医科大学卒業
2011年 公立豊岡病院 初期研修(https://www.toyookahp-kumiai.or.jp/toyooka/
2013年 堺市立総合医療センター(旧市立堺病院)(http://www.sakai-city-hospital.jp/
後期研修後に呼吸器内科・総合内科所属
2019年 よしき往診クリニック(https://yoc.or.jp/

【 資格 】
資格 : 日本内科学会認定医、呼吸器専門医



橋本 亮(はしもと りょう)


【 橋本先生が医師となった理由と目標 】
<遠回りの人生-哲学から医学へ>
改めて振り返ってみると、わたしは医学や医療に強い興味があって医師を目指したわけではなく、「人間そのもの」を知りたいという関心の先に医師という道があったように思います。

中学1年生の終わりに同級生が自ら命を絶ってしまう事件がありました。

それまで漠然と生きていたわたしは強い衝撃を受け、ひとの心というものをもっと知りたいと思うようになりました。

心理学や文学、歴史などの本を乱読しましたが、人間の思考のあり方そのものに興味が移り、哲学や倫理学を学ぶために文学部に進学しました。

そこでわたしは、書物に没頭しつつも、もっと根源的に人間を知るには「臨床」すなわち生老病死が交錯する現場に立ち会いたいと思うようになりました。

20代も半ばに差し掛かろうとしていましたが、こうして、わたしは哲学から医学へと転じることになりました。

<北の大地へ-地域医療と総合医療への目覚め>
2度目の大学生活を送ったのは、極北の地、北海道旭川でした。

北海道は全国的に見ても、高齢化が進んでおり、特に僻地では日本の少し先のモデルケースを見ることができます。

医学部では「総合医よりまず専門医育成を」と謳っていましたが、実際に地域で必要とされるのは「まずなんでも見てくれる町のお医者さん」です。

わたしは大学の実習以外にも、長期休暇を利用して様々な地域医療の現場を見学させていただきました。

医療資源が乏しい地域であっても、日々の濃密なコミュニケーションを通じて住民の方々の健康を守ることができます。

カバンひとつで足を運んでお家や施設を巡ると、病気だけでなく、「病いとともに生きる人」そのものが見えてきます。

急性期の病院でバリバリ働く専門医も確かにカッコいいですが、わたしが医学を志した原点に近いのはこうした泥臭い魅力に溢れた地域医療の現場でした。

<訪問診療への想い-二刀流を目指しつつ>
大学を卒業後、地元の京都で初期研修を終えたわたしは、悩んだ末に進路を精神科に決めました。

人間を理解したいという当初の動機は、ひとの人生やこころの問題に取り組みたいという信念に変わりました。

現在は、精神科単科病院の精神科専攻医として、子どもからお年寄りまでこころのケアに尽力しています。

一方で、初心を忘れずこころだけでなくからだもきちんと診られるための修行も続け、今まで約3年間非常勤の内科医として訪問診療にも携わってきました。

大谷選手のように二刀流を目指しながら今に至ります。

この度、ご縁あって川畑先生、林先生のもとで働かせていただくことになりました。

訪問診療を通して、患者様やご家族の想いをお聞きしながら、一人ひとりの暮しや人生のあり方を一緒に考えていきたいと思います。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

「橋本先生はこんな人です」
出身地:京都府京都市
好きな食べ物:スパイスカレー、エスニック料理、ホルモン
趣味:筋トレ、マラソン、映画、酒蔵巡り
座右の銘:Ars longa, vita brevis(技術は長く、人生は短い)

【 略歴 】
2010年 大阪大学文学部卒業
2018年 旭川医科大学卒業
2018年 洛和会音羽病院初期研修医(http://www.rakuwa.or.jp/otowa/
2020年 杏和会阪南病院精神科専攻医(http://www.hannan.or.jp/


大阪鶴見ひなた内科・在宅クリニック